8月18日放送の激レアさんを連れてきたに、『サッカーボールを蹴って2000キロ、インドで過酷なドリブル旅をした方』が紹介されています。
紹介されている方は萩原望さんだと思われます。
今年(2025年)5月のニュースなどで取り上げられていますので、ご存知な方も多いのではないでしょうか?
今回は萩原さんの経歴やインドで過酷な旅に挑んだ理由について触れています。
※番組内容と相違があるかもしれません
1. 萩原望さんの経歴
以前、取材させていただいた萩原さんの挑戦。
— 石原 孝(新書『インドの野心』を8月に発売) (@ishihara_tks) May 16, 2025
この時期のインド北部は、連日のように最高気温が40度前後になり、私なら2キロでリタイアしてしまいそう。
インド2千キロ、ドリブルで走破 萩原望さん、「ギネス記録を更新」:朝日新聞 https://t.co/jUtgK9lIzB
引用元/@ishihara_tks Xより
萩原望さんの経歴について簡潔に記載しておきます。
基本情報
- 名前: 萩原望(はぎはら のぞむ)
- 生年: 1993年生まれ
- 年齢: 31歳?か32歳?
- 出身: 岡山県倉敷市
- 現職: 一般社団法人FC Nono代表、外資系会計監査法人(EY)インドオフィス勤
サッカー経歴
- 3歳: サッカーを開始
- 小学時代: 岡山県大会優勝、全国大会出場、ナショナルトレセンに選出
- 中学時代: 街クラブ「サウーディFC」に所属し個人技を磨く
- 2009年: 大分県の高校に進学、Jリーグ・大分トリニータのユースチーム(U-18)に加入
- 高校時代: 2年生で副キャプテン、3年生でキャプテンを務める
- 2012年: 立命館大学に進学、体育会サッカー部で副キャプテンとして活動
職歴
- 2016年: 立命館大学卒業後、トヨタ自動車株式会社に入社
- 2019年: 3年半後にトヨタ自動車を退職、国際協力への思いから転職を決意
- 2020年: 京都の国際NGO「NICCO」に入局
- 2021年3月: インド・ビハール州・ブッダガヤに派遣、農村開発プログラムに従事
- 2021年6月: サッカーアカデミー「FC Nono」を設立
- 2022年: 外資系会計監査法人アーンスト・アンド・ヤング(EY)インドオフィスに転職
萩原望(はぎはらのぞむ)さんは、1993年に岡山県倉敷市で生まれ、3歳からサッカーを始めまています。
中学卒業後は大分県の高校に進学し、Jリーグ・大分トリニータの育成組織でサッカーに打ち込みましたが、トップチームへの昇格は果たせませんでした。
その後、立命館大学に進学し、サッカーを続ける傍ら、不登校の生徒を支援するボランティア活動にも取り組んでいます。
大学卒業後、萩原さんはトヨタ自動車に入社しましたが、3年半後に退職し、国際協力に関心を持つようになりました。
2019年には京都市のNGOに参加し、2021年にはビハール州で農業支援のボランティアとして派遣されています。
現地ではサッカーチーム「FC Nono」も設立され、現在は、英系会計事務所で働きながら、「FC Nono」の運営を続けておられるようです。
2. 萩原望さんがインドでの過酷なドリブル旅に挑んだ理由
2025年5月15日、萩原さんは無事にニューデリーに到達し、約2000キロのドリブルを完走しました。
この挑戦は、ギネス世界記録に申請される予定で、これまでの記録を大幅に更新することが期待されているようです。
彼は「痛みに満ちた長い旅だったが、挑戦する喜びを証明できた」と語り、子どもたちに手本を示すことができたことに満足感を示しました。
萩原望さんは、インドでの過酷なドリブル旅に挑んだ理由について、主に以下の点にあります。
1. 子どもたちへのメッセージ
2. 社会問題への意識喚起
3. FC Nonoの活動
それぞれについて、触れます。
2-1. 子どもたちへのメッセージ
萩原さんは、挑戦を通じて「努力は報われる」というメッセージを子どもたちに伝えたいと考えていました。
特に、貧困や教育の問題に直面している子どもたちに、挑戦することの重要性を示すことを目的としています。
2-2. 社会問題への意識喚起
インドでは男女差別や貧困といった社会問題が根強く残っています。
萩原さんは、サッカーを通じてこれらの問題に対する意識を高め、特に女性の地位向上の重要性を訴えることを目指しています。
2-3. FC Nonoの活動
萩原さんは、「FC Nono」という団体の代表を務めており、サッカーを通じてインドの社会問題解決に取り組んでいます。
組織の知名度を上げ、より多くの支援を得ることで活動を拡大させることも理由の1つです。
また、ギネス世界記録への挑戦として、既存の記録337kmを大幅に更新する2000kmに挑戦することで、このドリブル旅は、彼の活動の一環として位置づけられています。
因みに、萩原さんがインドで子どもたちにサッカーを教え始めたきっかけは、2021年に農業支援のボランティアとしてビハール州ブッダガヤで活動していた際、余暇にボールを蹴っていると物乞いの少年が近づいてきたことでした。
一緒にサッカーをやらないかと誘うと、少年は即答で参加し、友達も連れてきたことが「FC Nono」設立のきっかけとなっています。
最後に萩原さんが、過酷なドリブル旅に挑んだ期間、距離、ルートなどの詳細を簡潔に記載しておきます。
- 期間: 2025年3月3日〜5月15日(74日間)
- 距離: 約2000km
- ルート: コルカタの日本総領事館スタート → ニューデリーの在インド日本大使館ゴール
- 経由地: 西ベンガル州、ジャールカンド州、ビハール州、ウッタル・プラデーシュ州
萩原さんはチャレンジの道中でも活動していたようです。
その活動は、各地の農村でサッカーワークショップを開催したり、学校で講演を行ったり、UNICEFや警察などを訪問したりと、多岐にわたります。
パナソニックやKeringといった企業での講演も多数こなしていました。
道中は40度を超える日もあり、食中毒などとも闘っていたようです。
これだけの社会貢献をされている萩原さんには頭が下がりますね。
*参考元 | URL |
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読売新聞 | https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20250227-OYO1T50015/ |
IIBC | https://www.iibc-global.org/ghrd/frontline/23.html |
山陽新聞 | https://www.sanyonews.jp/article/1724618 |
立命館大学 | https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=2646 |
FC Nono | https://www.fcnono.com/founder |
FC Nono | https://www.fcnono.com/post/20250527 |
FC Nono | https://www.fcnono.com/post/20250426 |
まとめ
番組に出演したと思われる萩原望さんについてでした。
萩原さんの挑戦は、個人的な記録達成のためではなく、インドの貧困に苦しむ子どもたちに希望と勇気を与え、社会問題の解決に寄与するという明確な使命感を持って活動されています。